映画を観る前に知っておきたいこと

この世界の片隅に
『君の名は。』以上に深遠なテーマ

この世界の片隅に

昭和20年、広島・呉。
わたしはここで生きている

第二次世界大戦下の広島県呉市。日本一の軍港の街で前を向いて生きる一人の女性。大切なものが奪われていく中でも日々の営みは続く。終戦を跨いだとしても……

第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したこうの史代の同名漫画を、『マイマイ新子と千年の魔法』(09)の片渕須直監督がアニメーション映画化。100年先にも愛され続ける映画と紹介された本作は、63館での封切りスタートから200館以上で上映されるロングランヒットとなり、130万人以上がその感動を共有した。

中でもヒロインすずさんを演じた能年玲奈ことのんの芝居は好評を博し、片渕監督が「ほかには考えられない」と絶賛するほどスクリーンの中ですずさんとして存在している。


予告

あらすじ

昭和19年2月、18歳のすずさんは生まれ故郷の広島市江波を離れ、日本一の軍港のある街・呉へと嫁いできた。見知らぬ土地で海軍勤務の文官、北條周作の妻となったすずさんの日々が始まる。

この世界の片隅に

© こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

激しさを増す戦争によって物資が不足する中、すずさんは工夫を凝らして食卓を賑わせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日の暮らしを積み重ねていく。昭和20年3月になると、呉は空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、大切にしていたものは次々と奪われた。

この世界の片隅に

© こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

それでも前を向いて生きようとするすずさんの毎日は続く。そして昭和20年、あの夏がやってくる……


映画を観る前に知っておきたいこと

2016年、アニメーション映画として同じようにロングランヒットを記録した『君の名は。』と『この世界の片隅に』。普遍的なテーマに挑みながら様々な解釈を生んだ両作品は自然と比較される場面も多い。また、『君の名は。』の存在が本作に対する3.11以降という見方を生んでいるようにも感じる。

確かに第二次世界大戦下を生きる市井の人々の日常から、日々の営みの尊さを説くという意味ではそうなのかもしれない。しかし、本作が戦争を伝えるための映画ではないと言うのなら、この世界の片隅に居場所を探す一人の女性の物語として『君の名は。』以上に深遠なテーマに挑んでいるのではないだろうか。

居場所を探す物語として

時代に翻弄されるように自分の意思とは関係なく見知らぬ家に嫁いできたすずさん。片や義姉の径子は夫を早くに亡くしながらも、いわゆるモガ(モダンガール)として自ら選んだ人生に後悔はないと言い切る。

自立していない者と自立した者。対照的な二人の関係性は、居場所という漠然とした概念をアイデンティティという言葉に置き換えていく。

戦時下という厳しい状況でも他者を気遣うことの出来る径子に、時代に左右されない強い女性としてのアイデンティティを感じた時、すずさんは随分未熟者に映るだろう。

この映画は、アイデンティティを持たないすずさんが他者とつながりながら、その距離感によって自分が何者なのかを発見していく物語なのだ。それは同時に居場所の発見であり、彼女たちのような強さがまた次の者へと居場所を与えていくのである。

終戦を跨いだとしても続く日々の営みの中で、居場所は誰かから与えられ誰かに与えるものだとすれば、僕たちはその尊い時間軸の上に現在を生きているということになる。

日々の営みが生きることに直結していない複雑な現代社会において、僕たちは自分が何者であるかを発見することはあまりに難しい。だからこそ、この映画は現代人が失いつつある感性を呼び覚ますのである。

あとがき

126分という上映時間は映画として決して短くはないが、徹底した時代考察に基づく描写は、戦争や個人の感情に対するメタファーとして用いられ、この作品はあまりに語るべき点が多く用意されている。僕は居場所を探す物語として解釈したわけだが、それもきっとこの映画の一側面に過ぎない。

原作ではすずさんを取り巻く恋愛模様がもう少し深く掘り下げられているため、より深い考察を求めるなら手に取ってみると良いかもしれない。

CAST.STAFF.BACK.

DATA.STAFF.BACK.

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