2010年に『ブンミおじさんの森』でカンヌ国際映画祭パルム・ドール(最高賞)を受賞した、今タイで最も注目の監督アピチャッポン・ウィーラセタクンの最新作。ティム・バートンやスコセッシをも魅了する彼の映像世界はどんな進化を遂げているのか注目される。
タイ東北部。原因不明の“眠り病”の男たちがベッドで眠る病院。そこを訪れた女性ジェンは、面会者のいない“眠り病”の青年の世話を見はじめ、眠る男たちの魂と交信する特殊な力を持つ若い女性ケンと知り合う。そして、病院のある場所が、はるか昔に王様の墓だったと知り、原因不明だった“眠り病”と因果関係があることに気付くのだった。そして、青年はやがて目を覚まし……
撮影が行われたのは監督の故郷である、タイ東北部イサーン地方。そこでは今も、空や水や雲にも霊が宿り、人々はスピリチュアルな空気の中で生きている。その土地の記憶とジェンという一人の女性の愛の記憶が幾層にも重なっていき、深い感動が待つラストへと観客を誘う。そんな不思議な感覚の中にもタイの不安定な社会情勢を映したリアリティが混在する。
カンヌ国際映画祭ある視点部門正式出品作品。アジア太平洋映画賞グランプリ受賞作品。
- 製作:2015年,タイ・イギリス・フランス・ドイツ・マレーシア合作
- 日本公開:2016年3月26日
- 上映時間:122分
- 原題:『Rak ti Khon Kaen』
Contents
予告
あらすじ
タイ東北部の町コーンケンにある、かつては学校だった仮設病院。そこには原因不明の“眠り病”かかった兵士たちが運び込まれてくる。ある日、診療所に来たジェンは面会者のいない“眠り病”の青年の世話を始める。そして、前世や過去の記憶を見ることができるという女性ケンと出会う。ジェンは病院がある場所の地下に太古の王様の墓があったことを知る。
原因が全くわからなかった“眠り病”は、そのことが関係しているかもしれないと考えるジェン。そして、青年はやがて目を覚まし……
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映画を見る前に知っておきたいこと
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の映画は鑑賞ではなく「体験」するもの
本作を言葉で説明するのは非常に難しい……
ただ、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督がタイ映画として初めてカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した『ブンミおじさんの森』(2010)と比較してみることで少しは本作の立ち位置が理解できる。
『ブンミおじさんの森』がパルム・ドールを受賞した第63回カンヌ国際映画祭で審査委員長を務めたのはあのティム・バートンであった。ファンタジーを最も得意とするティム・バートンは「この映画は私が見たこともない、ファンタジーの要素があり、それは美しく、奇妙な夢を見ているようだった」と評した。
『ブンミおじさんの森』も本作同様に不思議な感覚を持った作品であった。余命わずかな主人公・ブンミが前世や過去と邂逅する中で、生と死を鋭くも優しいタッチで描いた。
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の作品に共通して言えるのは、映画を理屈で撮らないということだ。彼の作品は鑑賞ではなく「体験」するものなのだ。イメージや心に直接訴えかけるような表現でメッセージを観客に伝えるため、彼の映画を見た誰もがティム・バートンと同様の感想を抱くだろう。
また、本作ではタイの不安定な社会情勢を映しているという社会派映画としての側面も見て取れるが、『ブンミおじさんの森』でもそれは同様であった。しかし、社会派映画といってもはっきりとそれを表現するのではなく、映像の中に融合させていると言えばいいか、それも抽象的な表現を使って観客の感性に直接伝えるような手法である。
斬新な映画を撮る監督なので、うまく言葉で伝えることができないが、「体験」することを重要としているのでそれも必然と言える。見ればアピチャッポン・ウィーラセタクンが天才と言われるのがわかると思う。
タイ映画とは?
タイ映画というものにまったく馴染みがないという人がほとんどだと思う。タイ映画を知ることでアピチャッポン・ウィーラセタクン監督がタイ映画界において如何に異端な存在かがわかる。
タイでは映画に対する検閲が厳しいこともあり、宗教、王室、愛情表現、政治などに関して多くのタブーが存在し、映画でそれらを自由に表現することは難しい。よってタイ映画は、アクション、歴史的なもの、国粋主義的なもの、コメディや幽霊もの、武術ものなどの娯楽色の強い作品が基本となっている。
タイでは1980年代前後、年間200本あまりの映画が撮られていた。これは世界でも有数の映画生産国と言える数だ。しかし同じ頃、ハリウッド映画、香港映画、インド映画が流行るとタイ映画の興行成績は下降していった。そんな中、2001年にチャトリーチャルーム監督の『スリヨータイ』が公開されたことをきっかけに再びタイ映画が注目されることとなるが、この作品もタイ国史上、最も有名な女傑スリヨータイの半生を描いた歴史大作だった。
そんなタイ映画界の中で、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督はカンヌやヴェネチアといった国際映画祭で評価される特出した才能と異質な存在感を持っている。カンヌ国際映画祭では、『ブンミおじさんの森』のパルム・ドール受賞以外にも『トロピカル・マラディ』(2004)が審査員賞を受賞している。
こうしたタイの映画に対する検閲が厳しさが、逆にアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の斬新な表現を生んだのかもしれない。本人も自身の作品は他のタイ映画同様、実際の人生を描いているわけではないと語っている。しかし、本作は人生の一部として「病」というテーマを描き、抽象的な表現が観客の感性に直接リアリティを植え付けることに成功している。アピチャッポン・ウィーラセタクン監督はタイ映画の歪みから生まれた才能である。