映画を観る前に知っておきたいこと

日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト
再びロマンポルノに揺れる!

日活ロマンポルノ

そこには、女性に対する
深い眼差しがあった

過去にもロマンポルノ関係の企画はあった。2010年の復活版企画「ロマンポルノ RETURNS」では、『団地妻 昼下がりの情事』(71)と『後から前から』(80)のリメイク版が上映され、2012年の日活の創立100周年記念企画「生きつづけるロマンポルノ」では、過去の作品が32タイトル上映された。

しかし今度の「日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」はこれまでの企画とは違う!

最後にロマンポルノ作品が撮られた1988年から実に28年ぶりとなる完全オリジナル新作を第一線で活躍する5人の監督たちが手がけるのだ。1970年代とは違う状況の中、園 子温・中田秀夫・行定 勲・白石和彌・塩田明彦という監督たちの解釈次第で、ロマンポルノは現代的でより芸術性の高いジャンルへと生まれ変わるかもしれない。

また時代が変わったことで、このプロジェクトに果敢に挑んだ女優たちにとっても未知の挑戦となっている。ポルノである以上、彼女たちの演技は欠かせない。

成人向け映画でありながら、やはりロマンポルノは脚本も演出も見応えがある。あくまでポルノなので僕もこのジャンルの映画を多く観たわけではないが、ひとつ伝えたいのは、ポルノ映画としての視点を忘れないでほしいということだ。


予告

ロマンポルノとは?

1950年代後半、日活は東宝、東映、松竹と並び日本映画の黄金時代を支えた映画会社だった。しかし、1960年代後半から次第に映画の観客数減少や経営者のワンマン体質などで経営難に陥っていった。この受難の時代に生まれたのが日活ロマンポルノだった。

1971年、多くの映画会社が倒産に追い込まれていく中、日活もその例外ではなかった。映画界で会社を生き残らせ社員を食わせるために、日活はメジャー映画会社の一角でありながらポルノ主体の路線へと舵を切ることとなる。それは日活に籍を置いていたキャリアの浅い若手の映画人たちも同様であり、彼らもまたロマンポルノに活路を見出す以外選択肢はなかったのである。

エロ路線を前面に押し出したロマンポルノは、一大ブームとなり、日活を立て直す原動力となった。このジャンルは製作期間や製作費が半分以下であったことも大きい。

また、現場で映画を撮る監督たちにとってもメリットはあった。ロマンポルノでは裸さえ出てくればどんなストーリーや演出でも何も言われず自由に制作できたという。大きなルールは3つ。

  1. 10分に1回の濡れ場
  2. 上映時間は70分程度
  3. モザイク・ボカシは入らない様に対処する

こうした状況は、無名の監督や脚本家などにとって、自身のオリジナリティや作家性を制約なく発揮させた。日活ロマンポルノが他のピンク映画とは“別物”と評される所以だ。

しかし、日活ロマンポルノが日本の映画史で大きな潮流のひとつであるため、この“別物”という考えが浸透しすぎているようにも感じる。確かにロマンポルノの中には権威ある賞を受賞した作品や役者も少なくないが、ブーム足り得たのは観客が成人向け映画を求めたからである。

ピンク映画と違うのは百も承知だが、ポルノであることを切り離すと時代を歪曲した解釈を生み出してしまう危険性がある。事実、あの当時ロマンポルノの最大のライバルはアダルトビデオだった。

10年以上前になるが、ロマンポルノの中でも傑作とされる『赫い髪の女』(79)のリバイバル上映イベントに行ったことがある。上映後に用意されていた主演女優の宮下順子さんとファンの質疑応答での一場面。

僕の隣にいた若い男の子が「芸術的だ!」と彼女を強く賞賛した。そう意気込まれると彼女もどこか面食らった様子だったのを覚えている。

必ずしも官能的=芸術的ではない。ましてや時代のニーズから生まれたジャンルなら尚更だ。映画会社や映画人が大衆と芸術の間で必死にもがいた時代だからこそ日活ロマンポルノはおもしろい。

全5タイトル紹介

第1弾
第2弾
第3弾
第4弾
第5弾

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